インド聖典 人生の秘訣シリーズ 全16話
インド聖典の権威スワミ・パラマールタナンダによる「ヴェーダーンタへの道」を翻訳・編集した全16話のシリーズ。
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ヴェーダーンタへの道 全16話 第4話 人生ステージ4つの分割/アーシュラマ制

【第4話 人生ステージ4つの分割/アーシュラマ制】3.「家庭を持つ→隠居→放棄(出家)」のステージ

3.「家庭を持つ→隠居→放棄(出家)」のステージ

グラハスタ・アーシュラマ/家庭を持つ者のステージ

※正しい発音はグルハスタ

二番目の人生のステージは、「グラハスタ・アーシュラマ/家庭を持つ者の人生ステージ」です。このステージは現代も生きており、私たちと密接に関わりがあるので非常に重要です。

聖典による「家族の定義」とは、何よりもまず“宗教的な儀式”によって神聖化された“宗教的な組織”であり、本来は“宗教的な生活”を送るために作られたものです。物質的な目的は、二の次です。

家庭生活とは、宗教的なことを目的とした、宗教的な儀式によって形作られた、宗教的な組織である、ということです。

もし私たちが、物質的な安全や楽しみや快適さを最も重要な目的とするならば、そのような家庭はすぐに不安定になってしまうか、本来の目的を果たすことはできません。現代の多くの家庭では、物質的なことを最も重要な目的としています。それが今日、宗教がかつてほど重要視されず、希薄になってきた理由です。だから多くの家庭が不安定になっているのです。

現代の社会では、「組織としての家族」そのものが疑問視されています。なぜなら家庭を物質的なメリットを得るだけのものとして捉えた場合、本来あるべき姿とは全く異なったものとして映ってしまうからです。それが今日起こっていることです。

今日では女性の権利が見直されています。女性運動家の人たちはこのように言っています。「伝統的な家庭の中にいる女性は、経済的に夫に依存している!こういう女性には、自分のしたいようにする権利はないのか?女性も経済的に自立し権利を持つべきである!」というものです。実際、現代の多くの女性は経済的に自立し、様々な権利も持っています。

子供たちも権利を持つようになってきています。ある16歳くらいの少女が、私にこんなことを言いました。「スワミジ、親が自分のやりたいことをやらせてくれないの!でも私は銀行に自分名義の口座があるのを知っているわ。だけど法律上、18歳になるまで使えないの。18歳になるのが本当に待ち遠しいわ!」このように、子供たちも経済的に自立して権限を持つようになってきています。

では、シニア世代の人達はどうでしょうか?何かのインタビューでアドバイザーがこんなことを言っていました。
「シニア世代が経済的に自立するには、現役で働いているうちに十分貯金をするべきだ。そしてそのお金を誰にも、あなたの子供にさえも渡してはいけない!子供たちが将来そのお金をあなたに返してくれますか?もしお金をあげるなら、小遣い程度にしておきなさい。自分が生きているうちは、絶対に子供に財産を与えてはいけない!財産はあなたの死後与えるべきだ!」

そのインタビューでは更に、妻の、夫の、子供の、そして年老いた親の・・・経済的な権利について話をしていました。

今日の社会で私たちの多くは、物質的な欲求を満たすために経済的な権利を持っています。そしてそれが一度満たされたら、基本的な疑問が浮上してきます。「なぜ私たちは一緒に住まなきゃいけないのだろう?」なぜなら誰も誰に頼ることもなく、誰のことも必要としていないからです。それゆえ、家族が一緒に住む目的自体が問われているのです。

もし、「私たちが一緒に住むのは、お互いが好きだからですよ」と言うなら・・・残念なことに人の好き嫌いというのは、絶え間なく変わり続けるものです。この消費社会では特にそうです。ものごとは一つのところに長い期間留まることはない、という原理です。実際、どのくらいの期間同じもので満足できますか?車や服や・・・いつかは新しいものに変えなくてはいけません。そうして経済も回っているのです・・・

では実際、どのくらいの期間一つのものを好きでいられるでしょう?妻、夫、子供・・・人も心も移り変わるものなので、一緒に住んでいる家族でさえ意味のないものになり得ます。それゆえ一緒に住むのをやめてしまったり、または、まるでホステルに滞在しているかのようにドライな関係になってしまいます。家族のふれ合いはありません。それぞれが独立して、それぞれの目的を追求するのに忙しくしています。

宗教的な団結などは無論ありません。なぜなら彼らによると、一緒に住んで一緒に祈るような家庭ではない、そんなことはあり得ない、と言います。テレビを観る時は家族を団結させるかもしれません。しかし今日では各自が自分の部屋にテレビを持っているので、それぞれの部屋で違うチャンネルを見ます。自分の部屋でそれぞれが自分の目的を追求しています。それぞれが経済的に自立しているからです。もし家族の誰かが命令するとしたらどうなるでしょう?その人はきっと家を出て行ってしいます。

物質的なことを最も重要な目的とする限り、家庭は不安定になるか、家族の制度は正しく機能しないでしょう。それゆえ聖典は、“宗教”はグラハスタ・アーシュラマで最も重要な目的であると言います。

そして一度その心構えをものにしたら、家族の絆は神による“神聖なる絆”に見えてきます。だから、「結婚は天国で決められる」ということわざもあるのです。これは何を意味するのでしょう?結婚の絆は、神の意志で決定された神聖な絆である、という意味です。だから、神だけがその絆を壊すことができるのです。神がその絆を作ったので、神だけがその絆を取り除く権利があるということです。そのような心構え家庭を安定させます。

そして、そのような安定した家庭でのみ、ティティクシャ/忍耐、寛容さ、許し、信用などの重要な美徳を育むことができます。人が同じ家に住むには、必要に応じて自分を変えることが必要になってくるのです。

そして家庭の安定は、健全な感情を持った子供を育てるのに必須です。家庭が不安定だと、不調和と嫌悪が生じます。そして子供はその不調和に気付いてしまいます。ですので、グラハスタ・アーシュラマは、自分自身にとっても、そして次の世代にとっても、大変重要なのです。

ヴァーナプラスタ・アーシュラマ/隠居のステージ

次のアーシュラマ/人生のステージは、「ヴァーナプラスタ/隠居のステージ」です。このステージは、少しずつ社会活動から退いていくためのトレーニング期間と言えます。

私たちの肉体は、人間の成長と衰退のグラフからも分かるように、活動のピークがあり、歳を取ってそのピークを過ぎると、肉体的な活動がだんだんとできなくなってきます。そうして徐々に肉体に負担を掛けないように、外交的な活動から退いていきます。同じように“マインド”も、少しずつ退くことを学ばなくてはいけません。さもなければ、あなたの人格にも負担を掛けることになります。マインドはもの凄く活動的なのに、肉体はそれを実行できないとなると・・・

もっと早く起きたいのに起きれない、もっと早く歩きたいのに歩けない、座ったり立ったりするのも一苦労です。身体の全ての働きは遅くなり、危なっかしくなってきます。こういったことを認めてゆかねばなりません。
この現象はかならず皆に起こるがゆえ、“退く”ということを身に付けなくてはならないのです。そしてマインドも同様に、ニヴルッティ/退くこと、隠遁を楽しむことを学ばなくてはいけません。若い人たちは忙しくしています。しかし私は、心の内側に向かうことを学ばなくてはいけないのです。

これは実に、自己についての知識(Self knowledge)を理解するためのトレーニング期間と言えます。 真の自己、本当の自分に帰ってくるのです。この世界でもう十分に学びを終えたので、そろそろ自分自身について学ぶ人生を送ろう、というわけです。

再びインタビューの話になりますが、アドバイザーが言うには、定年退職する人は退職後の“心の準備”をしない限り、コンプレックスを持つようになる、とのことです。なぜなら、彼はもはや生産性もないし、社会や家族から必要とされることも少なくなってしまったからです。以前は大きな仕事もやっていました。しかし今では、妻にあれこれと家事をするように頼まれます。今までビジネス一辺倒だったその人は、洗濯物を干したことなどありません。

そういったつまらない仕事もコンプレックスを持つことなく受け入れていくこと、例えば孫と遊んだりすることなどを学ばなくてはいけません。もしそのような心の準備がないとしたら、まるで生きた屍のようになってしまいます。医師の診察を受けるなら、それは定年退職症候群だと言われるでしょう。凄まじいトラウマになってしまうであろうと、そのインタビューでは語られていました。

ですので、このヴァーナプラスタは、二番目の教育である「サンニャーサ・アーシュラマ」の準備期間ということになります。

サンニャーサ・アーシュラマ/隠遁、放棄、出家のステージ

そして「サンニャーサ・アーシュラマ/隠遁、放棄、出家のステージ」は、再び“スピリチュアルな教育”です。
ブラフマチャリヤ/教育のステージでの学びは、価値基準の教育/ダルマ・ニャーナンでした。そしてサンニャーサ・アーシュラマでは、内向的な精神で過ごす、隠遁の生活です。

もし家族の誰かが私を拒否したとしたら、非常に好都合です。なぜなら聖典クラスに出て勉強する時間もできるし、他に何もする必要がなくなります。

ですので、ヴァーナプラスタ・アーシュラマで、“内向的になること”を学び、サンニャーサ・アーシュラマで、“実際に学ぶ”のです。

ヴァーナプラスタとは、隠遁の生活を送る人のことを意味します。家庭から退き、子供たちの行動にいちいち干渉したりしない人です。どこ行くの?とか、何するの?とか、電話しなさいとか、そういったことから退くのです。

そしてサンニャーサは文字通り、全てを手放す、放棄するという意味です。そして最も重要な放棄は、“無知”と“エゴ”を放棄することです。人生の中で、全てを失う覚悟を決めることにより、自己に対する無知とエゴを手放すのです。

なぜならヤマダルマラージャ(死神)は、いつか必ず来るからです。彼はあなたの身体も含め、全てを奪い去ってしまいます。なので、死神に脅かされる前に、全てを大皿に乗せて引き渡す準備をします。「どうぞ、奪い去ってください!」

サンニャーサの儀式を取り、物理的に全てを放棄したサンニャーサのことを、アーシュラマ・サンニャーサと呼びます。(一般的にオレンジのドーティーを着ている人たちのこと)

しかし、物理的に放棄したかどうかに関わらず、全てのことから超然とし、距離を置くということを、精神的に培わなくてはなりません。そうすることにより、「自己についての知識/Self Knowledge」を知る準備ができるのです。

これらが、4つの人生のステージ、聖典の伝統に従う全ての人が、通らなくてはならない道です。

全てのステージを“物理的”に経験する必要はありません。“精神的に”これら4つ全てのステージを経験する必要がある、ということです。

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