【第5話】1.“正しい心構え”で“正しい行い”をする

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【第5話 カルマ・ヨーガ/行いのヨーガ】

1.“正しい心構え”で“正しい行い”をする

今回は、4つの人生の目的(プルシャアルタ)を達成するために聖典が定めた“訓練・修練のコース“の一つである「カルマ・ヨーガ/行いのヨーガ」について見ていきます。これまで、社会のインフラや環境、家族の在り方について学んできました。

4つの人生の目的/ゴールとは、霊的な達成と物質的な達成、両方のことです。物質的な達成というのは、ダルマ・アルタ・カーマのことで複数ありますが、霊的な達成はモークシャ(悟り・解脱)のみです。なぜなら聖典によると、何であれ人が努力して手に入れるものは、最終的にモークシャという霊的な成就に結びつくものでなくてはならない、ということなのです。モークシャなしでは人生は未完成なのです。

それゆえ聖典は、物質的な達成は二次的なゴールで、霊的な達成こそが究極的かつ最も重要な人生のゴールである、と言っています。実際、それだけが人が死ぬ時に、達成感を与えるのです。モークシャなしでは、完全な達成感・満足感は訪れません。欲や後悔などが残ってしまうでしょう。それゆえ、全てのゴール、特に霊的なゴールであるモークシャを心に留めるために、一般的に「サーダナ」と言われる「修練のコース」を、聖典は定めているのです。(※日本でいう修行のイメージ)

「サーダナ」の意味は、「ゴールを達成するための修練のコース」のことです。そしてゴール/目的のことをサーデャンと言います。そしてこの修練をする人たちのことをサーダカと言います。

それゆえ聖典は、私たちがゴールを達成するために、修練のコースを始め、そして修練をする人になることを望んでいます。そして一度ゴールを達成したら、スィッダー(成功した人)になります。これはミラクルなパワーのことではありませんよ。スィッダーとは、完全にその人自身に精通した人のことをいいます。

3つのヨーガのレベル

そしてこの「サーダナ/修練のコース」は、私たちの理解と実践のための便宜上、「3つのレベル」に分割されます。そしてそれぞれの“レベル”のことを、「ヨーガ」と言います。

「ヨーガ」という言葉は、「輪を繋ぐ」という意味があり、yuj/結合・統合するという語源に由来しています。何と何を結合するのでしょう?サーダカ/探し求める者と、サーデャン/ゴール(目的)を繋ぎ合わせるのです。

では、「サーダナ、ヨーガの3つのレベル」とは何でしょう?

1. 「カルマ・ヨーガ/行いのヨーガ」
2. 「ウパーサナ・ヨーガ/瞑想のヨーガ」
3. 「ニャーナ・ヨーガ/知識のヨーガ」

「カルマ/行い」+「ウパーサナ/瞑想」+「ニャーナ/知識」、これらがヨーガの3つのレベルであり、サーダナ/修練のコースです。

この“修練のコース”を、「3段の階段」のように思い浮かべることができます。モークシャ/究極のゴールに向かい、登って到達することのできる、3段のはしごです。

これら「3つのヨーガ」は、“代替手段がないもの”として聖典では紹介されています。このことは、修練のコースを実践するサーダカにとって明確にさせておく必要があります。これら3つのヨーガは、他に取って代わる”選択の余地がある手段”としては紹介されていないのです。

ですので、私がカルマ・ヨーガをやるから、あなたはウパーサナ・ヨーガをやってね、ニャーナ・ヨーガは誰か他の人にやってもらおう、とかいうことは、聖典のやり方ではありません。

聖典によると、3つ全てのステップは、全ての人にとって重要であり、義務であり、必要である、と言います。ちょうど階段を登るとき、一段一段登る必要があるのと同じです。段を飛ばしてしまうと、たいがい落っこちてしまいます。ですので、もし安全かつ快適にゴールに到達したいなら、段を飛ばさず一段ずつ登る必要があります。

それゆえ、私たちは3つのヨーガ全てを知り、信頼を置く必要があるのです。ですので、それぞれのヨーガを一つずつのクラスでやっていきます。

カルマ・ヨーガ/「正しい心構え」で「正しい行い」をする

「カルマ・ヨーガ」は、2つの言葉から構成されている複合語です。「カルマ」という言葉は、「正しい“行い”・適切な“行い”」という意味です。
そして「ヨーガ」という言葉は、「正しい“心構え”・適切な“心構え”」という意味で、サンスクリット語で「バーヴァナ(心構え)」とも言います。
簡潔に言うと、カルマ・ヨーガとは、「“正しい心構え”で“正しい行い”をすること」に他なりません。

では、「正しい行い」とは何なのか、見ていきましょう。

私たちの全ての“行い”は、聖典によって大きく“3つのタイプ”に分類されています。何に基づいて分類されているのでしょう?「人に対しての“霊的な影響”」に基づいて分類されています。

聖典は、“霊的な人格”と“霊的な目標”が最も重要だ、と言っています。 だから「“行い”の3つの分類」は、“物質的な利益”と“物質的な影響”に基づくのではなく「霊的な影響」に基づいて分類されているのです。

では、人に対しての「霊的な影響」とは一体何でしょう?「行い」は、人に対してどんな種類の「霊的な影響」を持っているのでしょうか?

3つのタイプの「カルマ/行い」

3つのタイプ行いは、このように分類されます。

一番目は、最大限にポジティブな霊的影響のカルマ/行いで、「ウッタマ・カルマーニ」と呼ばれます。でき得る限りポジティブな行いで、最大限に霊的貢献します。

二番目は、良くも悪くもない中間の、「マッデャマ・カルマーニ」、限りある、またはゼロに近い霊的影響の行いです。物質的な利益はたくさんあるかもしれませんが、霊的な貢献は殆どありません。

三番目は、ネガティブな霊的影響のある行い、「アダマ・カルマーニ」、つまり霊的な堕落、進化するのではなく、霊的な退化をもたらす行いです。いくらか進んでも、霊的に後退してしまうのです。

これらが、ウッタマ/最高、マッデャマ/中間、アダマ/最悪・カルマーニ/行いです。では、これらのカルマが何であるか見ていきましょう。

ウッタマ・カルマーニ/“最大限の数”の生き物に有益な行い

一番目は、「ウッタマ・カルマーニ」です。または「サートヴィカ・カルマーニ」としても知られています。バガヴァッド・ギーターの17章と18章の中で、クリシュナがこのトピックについて詳しく述べています。

これらは、「“最大限の数”の生き物に有益な行い」であり、「パラ・ウパカーラ・カルマーニ/他の人や生き物を助けるためにする行い」として定義され、聖典の中でも大いに称賛されています。
一言で言えば、ウッタマ・カルマは、たくさん与えて、少なく受け取るというカルマです。与えるものが大きければ大きいほど、成長もより大きいのです。

このように、私たちの文化は与える文化です。ダーナン(与える)、テャーガン(捧げる)の文化です。その一方で、物質的な文化は奪う文化です。できるだけ多く奪おうとします。
同じ意味で、ニシュカーマ・カルマーニ(無私無欲の行い)と呼ばれるものもあり、これらは同義語です。これら全ては、最大限に霊的成長に貢献するものです。

では、これら「パローパカーラ(=パラ・ウパカーラ)・カルマーニ/助けるためにする行い」とは一体何なのでしょう?

聖典は、このパローパカーラ・カルマーニを特定するために、「パンチャ・マハー・ヤグニャ/5つの偉大なヤグニャ」として示しています。“ヤグニャ“という言葉は訳すのが難しいのですが、ここでは、“神に感謝の気持ちを表し、創造物に貢献すること”だと言えます。※ヤグニャの一般的な意味は儀式を指すことが多い。

そして、5つ全てのヤグニャを通して、世界の繁栄に貢献することができます。

「【第5話】2.パンチャ・マハー・ヤグニャ/5つの偉大なヤグニャ」
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