インド聖典 人生の秘訣シリーズ 全16話
インド聖典の権威スワミ・パラマールタナンダによる「ヴェーダーンタへの道」を翻訳・編集した全16話のシリーズ。
このトピックはGWオンラインキャンプ2020でクラスを行いました。録画ビデオお申込みはこちらから!

ヴェーダーンタへの道 全16話 第2話 シャーストラ―インド聖典の全体像 第5話 カルマ・ヨーガ/行いのヨーガ

【第5話 カルマ・ヨーガ/行いのヨーガ】2.パンチャ・マハー・ヤグニャ/5つの偉大なヤグニャ

  1. “正しい心構え”で“正しい行い”をする
  2. パンチャ・マハー・ヤグニャ/5つの偉大なヤグニャ
  3. 神に捧げ、神から受け取る“心構え”

2.パンチャ・マハー・ヤグニャ/5つの偉大なヤグニャ※

※「ヤグニャ」の定義:神に感謝の気持ちを表し、創造物に貢献すること

「 最大限の数の生き物に有益な行い」とされるウッタマ・カルマーニ、そして「全ての創造物を助ける行い」であるパラ・ウパカーラ・カルマーニは、どのように行えるのでしょう?5つ全ての“ヤグニャ”を通して、私たちは世界の繁栄に貢献することができます。

1.デーヴァ・ヤグニャ/“神への祈り”のヤグニャ

一つ目のヤグニャは、「デーヴァ・ヤグニャ」と呼ばれるものです。
これは最初に来る、最も主要なパローパカーラ・カルマ/創造物を助ける行いです。そしてこのデーヴァ・ヤグニャでは、神に対して礼拝し、祈ります。どんなことをすればいいのでしょう?ただ、イシュタ・デーヴァター(お気に入りの神様)の像の前に立ち、溢れるような全力のハートで、祈りを口に出して表現します。どんな祈りでしょう?聖典の中で、スヴァスティパータという最も高潔な祈りが知られています。

スヴァスティ プラジャーヴャフ パリパーラヤンターン
ニャーイェーナ マールゲーナ マヒーンマヒーシャーハ
ゴーブラーフマネービャッシュ バマストゥニッテャン
この3つは別に覚えてなくてもいいですよ。

ローカーハ サマスターハ スキナハ バヴァントゥ
(ローカー サマスター スキノー バヴァントゥ)
※世界中の人たちが幸せでありますように。
これは覚えてくださいね。

誠実な心からの深い祈りは、全人類や、動物、植物だけでなく、地球を超え14のローカ(14の世界※地球の上に6つ、下に7つあるとされている)にまでも届く、最もパワフルな貢献となります。

サルヴェー バヴァントゥ スキナハ
サルヴェー サントゥ ニラーマヤーハ
サルヴェー バッドラーニ パッシャントゥ
マーカスチット ドゥッカ バーグ バヴェート
※皆が幸せでありますように。皆が病気せず元気でいられますように。皆が良いことを見ていられますように。誰も不幸になりませんように。

サンスクリット語でなくても、どんな言語であれ神の前でこの祈りを口に出して唱えることは、世界の創造物に対して、最も素晴らしい貢献をすることになります。

物理的な奉仕は、物理的な場所に制限されてしまいます。どんな人間も、またはどんな社会的な機関であれ、全ての地域を完璧に網羅することはできません。しかしこの祈りは、全ての創造物に益となる、最も大規模な祈りなのです。

ですので、この祈りは、最も大規模で、最もお金がかからない、パローパカーラだと言えます。これはとても重要です。かかるのは、数分の時間といくつかの言葉、そして、誠実な最上級のハートです。

そしてこの祈りと一緒に、もし何かを神に捧げるとしたら、それが何であれ、それも創造物全体に対しての供給となります。なぜなら神は、あなたの10円玉とか、おまんじゅうとかお線香とかに頼ってはいないからです。神はあなたの捧げ物を当てにはしていません。

神は、“ユニバーサル・トラスト/宇宙信託”と呼ばれる信託(資産運用制度)を持っています。そして神は受託者です。あなたがどんなプージャー(祈りの儀式)で何を捧げたとしても、何も無駄になることはありません。あなたが捧げた全てのものは、神によって受け取られ、そして宇宙信託を通して、全人類、全ての生き物、植物、微生物までにも分配されます。

ですので、この神に対して成された、捧げられたセーヴァ/奉仕は、究極的には人類に帰ってくることを覚えておかねばなりません。

今日、社会の福祉活動に関わる人達は、人類へ奉仕することは、神へ奉仕するのと同じだと言います。それは正しいのですが、彼らの中には、宗教的な人達が寺院に行くのを見下して、「我々の方が、より神聖な心構えで社会奉仕活動を行っている。寺院に行くような人たちは、何の役にも立たない宗教儀式をやっているだけだ。」と非難する人もいます。

彼らがこのように言うのは、彼らは事の一面しか見ていないからです。彼らは「人類への奉仕は、神への奉仕と同じだ」、ということは知っています。しかし彼らは、もう一つの側面の意味、「神への奉仕は、“更に規模の大きい人類への奉仕”である」、ということを理解していません。なぜなら、私たちが神に祈り捧げものをするとき、それは人類全てに行き届くからです。

ですので、デーヴァ・ヤグニャ/神への祈りは、最も大規模な、そして最もお金のかからないパローパカーラ/創造物への貢献なのです。

そしてこれは、毎日行われなくてはなりません。なぜなら、みんな毎日助けを必要としていますよね?

2.ピトゥル・ヤグニャ/“先祖と両親に感謝を表す”ヤグニャ

そして二番目は、「ピトゥル・ヤグニャ」です。
全ての先祖に対して感謝を表します。なぜなら、ご先祖様のお陰で、今の私が存在しているからです。

そして両親は、ただ私を生んで貢献してくれただけではなく、将来私が何かお返しをするかどうかの保証もないのに育ててくれました。契約もなしに、です。私の教育費に一千万円もかかりました。そのお返しができているでしょうか?

両親というのは、最も偉大な貢献であると言えます。なぜ彼らにこんなことができるのでしょうか?それは、彼らの両親、そのまた両親が、同じようにしてくれたからです。

ピトゥル・ヤグニャでは、全てのご先祖様の幸せを祈り、感謝を表すことによって、貢献します。

あなたはこう尋ねるかもしれません。「なぜそれが他者への奉仕と呼べるのか?自分の先祖のことを考えている“だけ”ではないのか?」と。

いいえ、そうではありません。全てのピトゥル・カルマでは、また別の重要な貢献をしているのです。その貢献というのは、「ご先祖様救済基金」という、特別な基金への貢献です。そういう基金があるんですよ。

なぜそのような救済基金が必要なのでしょう?なぜなら、供養の儀式をしてもらえなかったとか、または子供がいない、いてもその子供が儀式を重要視していない、など、そういったたくさんのご先祖様たちがいるからです。そういったご先祖様すべての苦境を想像してみてください・・・

ですので聖典は、カリ・ユガの時代は特には、そういった信仰心のない人が多く現れ、価値観が崩れるということを理解しています。それゆえ、総理大臣による救済基金のような供養があるのです。

感謝しない子供たちがいて、誰にも供養してもらえない孤児のようなご先祖様がいます。そのようなご先祖様全てに対して、祈りを捧げましょう

3.ブラフマ・ヤグニャ/“聖典とリシに感謝を表す”ヤグニャ

そして三番目のヤグニャは、「ブラフマ・ヤグニャ」と呼ばれるものです。
ヴェーダと、それに次ぐ他の聖典を残してくれたリシ達に対して感謝を表すものです。ここでの「ブラフマ」の意味は、神からの直接の啓示とされる聖典の要、「ヴェーダ」のことを指します。ですので、ブラフマ・ヤグニャの正しい意味は、「ヴェーダ・ヤグニャ」になります。聖典そのものと、聖典の著者であり発見者であるリシ達の、両方に対して敬意を表すということです。なぜなら、この素晴らしいホリスティックな文化を私たちが楽しめるのは、彼らのお陰だからです。

私たちはどのようにして、リシ達を助けることができるでしょうか?リシ達は助けなど必要とはしていません。なぜなら、彼らは既に自由だからです。では、彼らの目的は一体何でしょうか・・・?

リシ達の意図することはただ一つです。彼らは、「この教えを世界中の人たちに広めて欲しい」と思っています。彼らがこの素晴らしい聖典を公表したのは、この素晴らしい教えを維持・保存し、普及させたかったからです。
ですので、聖典の維持、そして広める活動は何であれ、とても素晴らしい貢献になると言えます。なぜなら、聖典は人類を救うからです。

そして聖典は、“2つの方法”で人類を救います。

一番目は、聖典の「音」そのものが、人類を救い平和を生み出します。パーラーヤナ/聖典の詠唱は、素晴らしいサーダナ/修練になります。私たちが聖典を声に出してチャンティング(詠唱)する時、そのシャブダ/言葉が、大きな声でのヴェーダのチャンティングが、この世界の創造物を浄化するのです。

それゆえ、日々行うパーラーヤナ/聖典の詠唱は、ブラフマ・ヤグニャになるのです。

そして二番目のタイプのヤグニャは、聖典の内容を「教える」ことです。もちろん、「学ぶ」ことも含まれます。一番目のヤグニャはチャンティング(詠唱)のみでしたが、この二番目のヤグニャは、アッデャーパナンと呼ばれる、聖典の教えを広めることです。聖典を教えることは、ブラフマ・ヤグニャの“最高の方法”であると考えられています。

そして、「教える(teaching)」ことと、「説教・伝道(preaching)」することは、全く異なるということを、覚えておかねばなりません。

説教・伝道とは、一貫性のない話題を自由な方式でスピーチすることです。誰かが考えをシェアしたり、アドバイスになる話をしたり、耳に心地よい言葉と共に時を過ごす、サットサンガ(有益な集まり)の一つと言えます。

それは確かに、役に立つ話かもしれません。しかし、そのような説教と、クラス(授業)という形式を取った、体系立った教え(systematic teaching)とは、実に大きな違いがあるということを、知っておく必要があります。

この「体系立った教え」には、話に発展性があり、それぞれのトピックに関連性があります。この「教え」は、“聖典ヴェーダ“を基本とし、”理論“と”経験“によるサポートによって成り立っています。シュルティ(聖典ヴェーダ)、ユクティ(理論)、アヌバヴァ(経験)です。このような体系立った教えが成される時、それは説教とは全く別のものとなるのです。

説教は役に立つでしょうし、人々を啓発するのでいいかもしれません。しかし、ブラフマ・ヤグニャは、教え(teaching)です。

その違いをお話すると、例えば、私があなたの家の庭にレンガを投げ入れるとします。あなたがレンガを沢山持っているのは間違いないですよね?しかし、レンガを投げ入れただけでは、何の役にも立ちません。それらは、“体系立った方法で配列”されなくてはなりません。“きちんと配列されたレンガ”だけが、あなたが住むことのできる“家のかたち”になるのです。

もし私が、話題があちこちにさまよう“説教“をするならば、それは直接あなたの役に立たない“レンガを投げ入れただけ”に過ぎません。あなたは、そのレンガを配列し直して、教えを完成させなくてはいけません。レンガの配列があなたにできるでしょうか?あなたは再び別の人に来てもらわなくてはいけません。レンガ職人が必要になるでしょう。

そして「教える」とは、教えを”ただ与えるだけ“では不十分です。教えは、体系立った方法で”アレンジ“されなくてはなりません。

過去、このブラフマ・ヤグニャは、グルクラ・サンプラダーヤ(インドの伝統を教える学校)で教えられていましたが、現在ではもうなくなってしまいました。しかし近年、チンマヤーナンダ・スワミジダヤーナンダ・スワミジが、聖典を「教え」のかたちで復活させました。彼らは大いに称賛されるべきです。

かつては体系立った教えもありましたが、それはごく少数派のものでした。しかし、チンマヤーナンダ・スワミジとダヤーナンダ・スワミジは、メジャーなスケールで、世界中でムーヴメントとして教えを復活させました。先生はクラスを行い、生徒にノートを取らせ、ノートを見比べて質問させ、疑問をクリアーにすることを要求しました。それはまるで、大学の授業のようでした。

ブラフマ・ヤグニャは体系立った教えです。なぜなら聖典の教えは、徹底的に理解されなくてはいけない“科学”でもあるからです。それは盲目的に従わせるための信仰の一式ではなく、理解させるための教えの一式なのです。

お金を寄付することやチャリティーをすることなど、別のかたちで寄付をすることもできます。しかし最も優れたチャリティーは、ヴィッデャー・ダーナン(知識の寄付)である、ブラフマ・ヤグニャです。それが、バガヴァッド・ギーターの最後でクリシュナが、「誰でもバガヴァッド・ギーターを教える者を、私は最も愛する」、と言っている理由です。

4.マヌッシャ・ヤグニャ/人類に貢献するヤグニャ

4つめのヤグニャは、「マヌッシャ・ヤグニャ」です。
全ての社会奉仕活動は、ここに当てはまります。孤児院を運営したり、助けが必要な老人をサポートしたり、学校や病院を建設したりなど、今日非常に目立っている全ての社会的な奉仕活動です。マヌッシャ・ヤグニャについては、皆よく知っているので、あえて説明する必要もないですね?

ただ、ひとつ問題なのは、マヌッシャ・ヤグニャは、パンチャ・マハー・ヤグニャの“他の4つ”と、“置き換えが可能“だ、と考えている人達がいる、ということです。これは今日、人類にとって大きな問題と言えます。正しい理解がされていないための間違いです。

ちょうど、“人間には炭水化物しか必要ない”と言っているようなものです。炭水化物だけ食べて、どうやって生きていけるでしょう?全ての栄養素も、同じように重要なのです。

ですので、マヌッシャ・ヤグニャ/社会奉仕活動は、他の4つとは、置き換えはできないものです。マヌッシャ・ヤグニャだけでなく、同時に他の4つのヤグニャも行うべきなのです。

5.ブータ・ヤグニャ/地球の創造物に貢献するヤグニャ

そして5つ目は、「ブータ・ヤグニャ」と呼ばれるものです。人間以外の全ての生き物に対しての貢献です。厳密には生き物というより「存在」です。他のすべての生き物たちも、私たちの幸せな生活に貢献してくれているということを、覚えておかねばなりません。
今日、人々はこのことを生態学、自然環境についての研究を通して理解しています。この研究は大規模なもので、大きなビジネスにもなっています。

私たちは動物や植物の貢献を覚えておかねばなりません。彼らが、私たちが生きていくのを助けてくれているように、私たちも、彼らに貢献しなくてはいけません。

聖典にこのような祈りの言葉があります。
「私が木々のことを忘れませんように。栄養を与え、育てさせてください。そして木々が人類に益を与えてくれますように・・・」

そして木だけにではありません。
ガンガーのような誰もが知る大きな川から、村の小さな川に至るまで、全ての川の貢献を忘れることはできません。川に対して何もできることはないかもしれません。しかし少なくとも、汚したり破壊したりしないようにすることはできます。

もし、スケールの大きな貢献ができないならば、自宅にトゥルシーの木や何らかの植物があるはずです。せめて、その植物に水をやりましょう。全ての動物に餌をあげることができないなら、食事の前に、いくつかの米粒を外に置いておいたら、せめて鳥たちが来て食べるでしょう。

これは、全体性に気付いていることになります。ヴァイディカ(ヴェーダの教えに価値を見出すもの)とは、ユニヴァーサル・シチズン/宇宙市民のことです。なぜなら、彼はこの世界に気付いているだけではなく、毎日のサンデャーヴァンダナ(朝昼夕、太陽を中心に他の惑星にも祈りを捧げる儀式)で他の星や惑星のことまで思い出しているのです。彼は太陽系の全ての惑星を覚えているのです。この壮大なる気付きを私たちは持ち、そして貢献すべきです。

これら5つが、「パンチャ・マハー・ヤグニャ/5つの偉大なヤグニャ」と呼ばれるものです。

そしてこれらは、霊的な成長に最も貢献するものと言えます。

次のページはこちら
第一話から読みたい方はこちら

※ブログやSNSなどへの転載は可能ですが、必ず引用元として当サイトへのリンクをお願いいたします。尚、商用サイトへの転載はご遠慮いただくようお願いいたします。

-ヴェーダーンタへの道 全16話, 第2話 シャーストラ―インド聖典の全体像, 第5話 カルマ・ヨーガ/行いのヨーガ

Copyright© インド聖典から人生の目的を学ぶ , 2020 All Rights Reserved.